
PROFILE 内沼晋太郎
ブック・コーディネイター。2012年、東京・下北沢にビールが飲めて毎日イベントを開催する新刊書店「本屋B&B」をオープン。著書『本の逆襲』(朝日出版社)ほか。
8月某日

福岡・博多にできた「MUJI BOOKS」は、松岡正剛さん率いる「編集工学研究所」が企画や選書を手がけたことでも話題となった。じつはオープンしてすぐの時期に一度行くはずだったのだけれど、恥ずかしながら当日の朝ぼくが39度の熱を出してしまい、取材を延期させていただいていた。そのうちに、同じく編集工学研究所の手がける「MUJI BOOKS」が入る有楽町店のリニューアルオープンも間近と知って、その前に福岡に来ておかなければと、「弾丸本屋旅」を決行することに決めた。つまり、日帰り。空港が近いからこそ、なんとか心も折れない。


無印良品に行くつもりでエスカレーターを上がると、そこにいかにも本屋らしい風景がひらけるので、驚く。MUJIキャナルシティ博多は、無印良品としては19年目を迎える長寿店舗であり、2011年に一度大幅なリニューアルを行い、そして2015年春に、3万冊の本を入れた。無印良品の全ラインを取りそろえる700坪のうち、書籍が占めるのは80坪強であるという。コンセプトは「ずっといい言葉と。」。

正面に移動するとまず、大きな船のような形の平台に、本と雑貨が混ざって並んでいる。ここは全国の無印良品の共通テーマに合わせて、その商品に関連する本を選び、並べているのだという。「今回のテーマは『旅』なんですけど、無印良品の商品群だけでは表現できない、タイムトラベルとか、ヒトではなくモノを運ぶ乗り物とか、本があるからこそできる『旅』というテーマの広がりを意識しています」と、担当の小野真児さん。


「今月のずっといい本」いわゆる新刊台だけれど、必ずしも今月発売されたものではなく、今まで「MUJI BOOKS」で販売をしていなかったもの、というコーナーだ。初めて入荷した本は、棚に直接ささることはなく、必ず一度ここを通る、という仕組み。書店としては、これはかなり変わっている。「今月の」とあるが、実際は毎日入荷があるため、毎月すべてが入れ替わるわけではなく、入荷に合わせて少しずつ棚に移動させていく。かなり食や暮らしに関する本が多い印象だが、実際の商品構成でも、半分以上がそうした本を占める。無印良品に来るお客様の関心領域に合わせていったら、自然とそうなっていくのだという。


料理でつかう調味料の「さしすせそ」になぞらえて、暮らしの「さしすせそ」を設定し、それに分類されている。「さ」は「冊=BOOK」ということで、海外文学の名作や、本やことばについての本。「し」は「食」の本。「す」は「素」ということで、水・土・木・石・鉄などの素材から連想される本にはじまり、からだの本や、器の本まで。「せ」は「生活」の本。「そ」は「装」ということで、衣服の本にはじまり、色に関する本から、旅に関する本までが並ぶ。このコーナーが書店としての核となる。










そしてこの「さしすせそ」とは別に、無印商品の様々な商品が並ぶ店内に、本棚が点在している。これらの中心となっているのは、それぞれ「○○と本」と呼ばれるコーナーで、いずれはテーマ自体も入れ替わっていく予定になっている。他にも、無印良品の発案者の一人でもあるグラフィックデザイナーの故・田中一光氏の蔵書を展示し、そのうち現在手に入るものが購入できるコーナーや、ひとりの人物の人生と重ねながら、その人が選ぶ本を並べた「本人」と呼ばれるコーナーなど、オリジナリティのある企画がたくさん並ぶ。相互に関連する3冊を結んでセット販売する編集工学研究所のオリジナル企画「三冊屋」も、すべてMUJI BOOKSスタッフが選者となっている。




さらに、無印良品のそれぞれの定番商品、季節商品などに関連して置かれている本もある。「本が、商品のPOPの役割を果たしてくれることがあるんです」。商品の使い方や楽しみ方を代弁してくれる本があれば、それを横に置いておくだけで、シンプルな商品が持つ意味がぐっと引き立ち、目を引く。

一方で、本棚にある本のほうにも、手書きのPOPが添えられているものがある。もちろんふつうの書店でも見られるものだけれど、さすがだと思ったのは、POPの書き方に定められたMUJI BOOKS独自のルールだ。指定の紙が決まっていて、色はつかって2色。あまり派手にせず、なるべく表紙の色の同系色を選ぶ。POPが前に出すぎず、あくまで商品が主役。書店では周囲の本より目立たせるという意図があることも多いが、ここではあくまで「本と、無印良品のお客様とをつなぐためのことば」であるから、たまたまその本を手に取った人に伝わればよい。

「今日のずっといい言葉」は、いわばそうした「ことば」のライブ会場である。日替わりで、スタッフが店内の本から気になる一冊を見つけ、ここに移動し、一節を引用して、黒板に書く。簡単なことに聞こえるかもしれないけれど、日々の業務の中で、毎日やるのはなかなか大変なことだ。そしてもうひとつ。「ことば投函箱」というのもあり、これはお客様からそうした本の一節を引用して投函してもらい、それを店頭の書棚に一緒に並べるという仕組みになっている。


もうひとつ。店内にはいくつかのコーヒーマシンが置かれており、セルフサービスで、100円で飲める。一見、コンビニのコーヒーのようなものを想像してしまうが、実はこれ、「コーヒーハンター」として知られる川島良彰さんのブランド「ミカフェート」の生豆を、店内で焙煎したものをつかっている。大き目の冷蔵庫くらいのサイズの全自動焙煎機が店内にあり、そこでスタッフが焙煎している。ひょっとしてこれは、日本一美味しい100円コーヒーかもしれない。


まだまだ紹介しきれないくらい、盛りだくさんの店内。そして静かな情熱にあふれるスタッフのみなさん。きっとまた半年もすれば大きく入れ替わった棚が見られると思うと、飛行機でふらっと来る理由をまた、探してしまいそうだ。

9月某日
本稿は有楽町のMUJI BOOKSができる前に書き上げるつもりだったが、遅筆にて間に合わせることができず先にそちらがオープンしてしまったので、見に行った。
無印良品では世界最大の売場面積を誇る。「さしすせそ」や「○○と本」などの枠組みやコーヒーなどのサービスは同じであるものの、棚のつくりはよりダイナミックになっている。こちらも大変魅力的だ。だが逆に言えば、福岡には福岡らしい、馴染んだ選書や、落ち着いたアットホームな雰囲気があると感じた。冊数も、東京は2万冊なので、3万冊の福岡のほうが多い。東京の人にはぜひ、福岡も見てほしい。
田中一光さんの蔵書は、福岡から有楽町に移動して展示されていた。ぼくが原稿を書きあぐねている間に、本が東京まで移動しているというわけで、なんだか追いかけて来られたような気分になった。
※売場風景は取材時のものです。変更されている場合がありますのでご了承ください。
プロローグ:なぜ本屋の旅か
第1回:ジュンク堂書店那覇店「沖縄に来て県産本を買わないなんて」
第2回:市場の古本屋ウララ「それは小さいからこそ」
第3回:六畳書房「本屋のない町に、本屋をつくる」
第4回:MUJI BOOKS キャナルシティ博多「お客様とつながるためのことば」
本ページ内掲載の内容は2015年12月現在のものです。